一紫の最後のブログ

私の考える人間社会について

前書き

このブログを最後にして私は一旦ググタスの世界からしばらく消えるつもりですし「一紫」のアカウントも閉じるつもりです。

コミュニティでこの事を公表してから「やめる必要は無い」との旨のコメントもいくつかいただきました。言われる度に嬉しかったです。「辞めます」と報告して「馬鹿が一人辞めるんだ」と思われるほど情けない事は無いわけで本当に嬉しかったです。

「綺麗事を言っている」とのご指摘も頂きました。一言もありません。私が言っているのは綺麗事であり、私は恰好をつけているだけです。でも男が綺麗事を言えなくなったらもう値打ちは無い人間です。男とは綺麗事を言い、恰好を付け、それを維持していく為に四苦八苦して生きていくくだらない人間であり私もその一人です。

敵対勢力に関して「まだ負けた訳ではない」とのコメントも頂きました。

当然です、私は自分自身を真正の保守であると思っており、疑似保守やカルトまがいのコミュニティに負けたなら物理的に腹を切ります。この状況でも私の頭の中にはそういうまがい物に勝つ事しか考えていません。しばらくゆっくりして対策を考えて出直すだけで「一紫」の名前で無くとも私は必ず復活するつもりです。

だだ自分のやりたいようにやれる場とその方法を考える為にしばらく休憩させてもらうだけです。今回のブログは「一紫」としての最後のブログであり思いついた事を書かせて頂きます。宜しくお願い致します。

結果がすべてという風潮

いつ頃からでしょうか?  「世の中は結果がすべてである」という風潮が蔓延していると感じています。これは私の考えではとんでもない風潮であり決して看過出来るものではありません。こんな考え方は若者の努力心をくじけさせます。「結果がすべて」の世の中に未来などありません。20万円の給料をもらってくるご主人よりも隣で月に100万円稼ぐやくざのご主人が偉い事になってしまいます。ホームレスがなけなしの300円で買った宝くじが10億円当選する可能性だってあります。結果がすべての世の中とはこんな奴が偉いという事になってしまいます。私は結果は経過でついてくるものであり結果が出るまでの経緯が何よりも大切だと思っています。

この勘違いをコミュニティの中でさえしている馬鹿がいます。カルトまがいの宗教におぼれ偽史と正史の区別もつかない投稿をしておきながら100名を超すメンバーを持つコミュニティのオーナーをやっておりそれが自分の実力だと勘違いしています。

この勘違いとはいったい何なのか次はそれを考えてみたいと思います。

無謬性という怪物

無謬性という言葉をご存じでしょうか?  自分の考えは正しいという思い込みでよく「官僚の無謬性」などと言われますが私はこれはすべての人間が持っている怪物であり時としてこれは恐ろしい害を与えます。

難しい話では無く皆様は何故北朝鮮が日本に向けてミサイルを撃つのだとお考えですが?  実はこれが無謬性であり金正恩はこれが正しいと考えて実行しています。中国が南シナ海を侵略するのもISがテロを繰り返すのも彼らにとってはこれが正義だからやっています。「自分たちは間違っている」などという考えは彼らには全くありません。

この無謬性は一般庶民も全く同じです。

「俺は働き盛りの頃のすべての時間を世の為人の為に尽くしてきた、しかしそんな俺に待っていたものはお尋ね者の烙印と冷たい世間の目だけだった」

こう言い残したのはかの有名なマフィアのボス、アルカポネです。ゴットファーザーと呼ばれマフィアの頂点に君臨し、人々を恐怖に陥れたカポネは自分の事を真面目に慈善事業者であり社会の役に立っていると信じて疑いませんでした。

したがって我々が相手に間違いを悟らすことなど絶対に無理です。その指摘が当たっていればいるだけ恨みを買うだけです。人の心は理屈では決して動きません。

よく「私は性格が悪いから」とか「私は人が悪いから」と言っている人間を決して信じては駄目だと思います。こんなことを言う人はこういう事を言う片面で他人を強烈に批判したりします。自分自身では自分の事を決して間違っているとは思っていません。

人間の持つ無謬性に気を付けて活動してください。悪人ほどこういう考え方を必ず持っています。

かくいう私も実はそう思っています。これまでのググタスでの活動や行動には何の誤りも無く私は絶対に正しい事をしてきたと考えていますし今後もそれを貫きます。今回身を引くのはそれを証明できる場を探す事でもある訳で私には私なりの正義があります。

あとがき

つまらないブログで最期を終える事になりました。でも私はこのコミュニティのメンバーが大好きであり遠くからいつも見守っています。どうか私が消えた後もコミュニティを存続し、メンバーでいてください、私の心はいつまでも皆様と同じです。また落ち着いた頃には違う形でお会いできると思います。勝手気ままで去っていきますが宜しくお願い致します。