読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

左翼の嫌がる真実の歴史

日本の左翼と慰安婦問題

前書き

皆様、お久しぶりです。私は歴史ブログを書くのを私的な理由からしばらくやめていましたが本日より再開したいと思います。ただこれも私的な理由で明日以降はしばらくはパソコンにアクセスできない状態になる為に、次回のブログは少々お時間を頂きます。

誠に勝手ですがご了承ください。

さて、これまでのブログの主題に「左翼の嫌がる真実の歴史」の前に「日露戦争大東亜戦争」が付いていた訳ですが、もう私の歴史ブログは終戦後まで書いてしまった訳であり今後は現在の問題に照らし合わせて、その背後にある歴史に迫ってみたいと考えています。

終戦という結果を踏まえて日本国内だけでは無く世界中が大きく変わりました。俗に「戦後秩序」と呼ばれているものですが、これは日本人から見れば大きく左傾化したものであり真実の歴史がどうであったかなどは二の次にされています。

はっきり言います。現在でも世界が各国に対して平等であると考えるのは大きな間違いであり、世界は今でも白人国家を中心に動いています。この白人国家中心の唯一の例外が中華人民共和国であり、それ故に「戦後秩序」はどうしても左傾化してしまうのが真実です。何故中国だけが白人国家と同じ扱いを受けているのかと言えば、第二次世界大戦で中国だけが有色人種の中で唯一白人国家の味方になった国であり、それは今現在も全く変わりません。中国が白人国家の領土に戦後も攻め込んだ事は一度も無く、中国が侵略する国家は常に有色人種の国家です。それ故に白人国家から見れば中国の侵略など対岸の火事でしか無く、大きな問題では無い訳です。こんな戦後秩序が何故出来てしまって日本は何故常に脅かされ続けなければならないのか?  今回のブログはその事から歴史を掘り下げて考えてみたいと思います。

宜しくお願い致します。

国連という名の化け物

戦前の国連と戦後の国連はともにUnitedNationsであり、一見同じ組織の様に思えますが全くの別物であると考えて頂いたほうが良いと思います。戦前の国連はヨーロッパ主導で動いていた組織でありアメリカは国連の加盟国にはなれませんでした。激しい人種差別と孤立主義と呼ばれた自国の利益だけを追求する体制が受け入れられなかった為で逆に日本は常任理事国であった時期もあり、パリ講和会議大日本帝国は人種的差別撤廃提案を出した実績もあります。ところが第二次大戦後の国連は完全にアメリカとソ連の主導で動いており、特にソ連が崩壊した後は完全にアメリカ主導の組織になってしまいました。結局は国連戦勝国優先クラブであり、戦後に力を付けた国家が実権を握ってしまうのが現実です。日本はいつまでたってもアメリカに負けた敗戦国であり、国連の敵対国家には現在でも日本が指定されています。これは日本から見れば強力な権力を持った化け物にしか過ぎず、日本は国連の中では他国を裁く側では無く他国に裁かれる立場でしかありません。現在のアメリカの力が衰えてきたとは言え、この国連の作った「戦後秩序」なるものが一方的であり日本にとって不利なものである事には変わりがありません。

世界は今でも不平等な状態です。この事をご認識しておいてください。

http://newsphere.jp/wp-content/uploads/2014/08/Coomaraswamy.jpg

クマラスワミ報告書

そういう日本にとって極めて不平等な国連人権委員会で1993年に戦時中の日本軍の女性に対する暴力行為を書き連ねたクマラスワミ報告が提出されました。これが日本の左翼も大韓民国も拠り所にしている大日本帝国慰安婦問題の根元の部分です。

日本人は特に権威に弱い民族だと私は思います。国連人権委員会などという立派な場所で提出されたものであるから自分で良く調べもせずにそれが真実だと勝手に思い込んでしまう。誰がどういう過程で何を根拠にしてこんなものが出されたのか自分で調べもせずに真実だと信じる事は非常に愚かであると私は思います。これが採択された時期がまた悪かったのも事実です。日本人は現在よりもはるかに自虐史観の強いGHQが日本に押し付けた左傾化教育を受けていた時でもあり、この報告書が錦の御旗にされてしまったのも実に皮肉な事です。

是非皆様には現実を見て頂きたい、この採択をした「国連人権委員会」なるものが2006年には廃止されています。現在これに代わるものとして、国際連合人権理事会がありますがこの報告書を出した委員会などもう無い訳です。廃止された委員会の報告書を現在も信じ込んでる、こんな馬鹿な事があるでしょうか?

更にこの報告書に付けられたクマラスワミとはどんな人物なのでしょう?  それを解りもしないで真実だと騒いでいる人間を見ると私は無性に腹が立ちます。これは靖国神社A級戦犯合祀が問題だと騒いでいる人間、特に中国人、朝鮮人も全く同じです。是非皆様は機会があれば彼らにA級戦犯とB、C級戦犯の何が違うのか聞いてみてください。これに答えられる中国人、朝鮮人は極めて少数です。自分が反対している根拠も知らない人間の言う事など何の価値があるでしょうか?  こんなものは寝言にしか過ぎません。

ラディカ・クマラスワミ

ラディカ・クマラスワミは1953年生まれのスリランカ民主社会主義共和国コロンボ出身の女性人権活動家です。もうこれだけで怪しい事が充分に皆様にはお解りでしょう。彼女は社会主義国家の出身です。

確かに彼女は卓越した知能を持っています。1974年にイェール大学にて学士号を取得して三年後の1977年にコロンビア大学にて法務博士号(J.D.)を、そして1981年にはハーバード大学で法学修士号(en:LL.M.)を取得し アマースト大学エディンバラ大学エセックス大学、ルーヴェン・カトリック大学、ウルスター大学から名誉博士号を授与されています。しかしこれらの彼女の実績に日本は何も関連していません。

彼女は日本の歴史、文化については全くの素人です。完全に白人の目線で日本を貶めたとしか私には見えません。彼女がこの報告書を作成する文献となったものが吉田清治氏の書いた「私の戦争犯罪」であり、これが虚偽の作文であった事は出版した朝日新聞も認めています。クマワスラミ報告書はその作成の原点が虚偽であった事がはっきりしているのが真実です。

これを左派の人間に言うとラディカ・クマラスワミは吉田証言だけに頼って報告書を書いたものでは無いと必ず言います。しかし現実には吉田清治の書籍以前には従軍慰安婦という言葉すらありませんでした。無いものをどこから見つけてきて報告書を作ったというのでしょうか?  こんな屈辱を同じ日本人である筈の左派の文化人は平気で訴えます。

我々保守層の敵は決して他国ではありません。日本国内にいる不良分子こそが本当の敵です。日本人が日本人を貶めているのが現実で、これを解決しない限り決してこの戦中の人権問題の解決はありません。

真実を見つめる目

私は大東亜戦争時の日本軍が全員品行方正で正しかったとは決して思いません。各所で戦争犯罪も人種差別もあったと見るのが普通だと思っています。特に戦争中であり神経が高ぶっている状態では冷静な判断は困難だったと考えるのが普通でしょう。

しかし、この報告書は日本が国家として戦争犯罪を容認していた事になり全く意味が違います。日本は世界から非人道的なレイプ国家として見られているのであり、それは違うと言わざるを得ません。

世界がもし公正ならば戦争を起こしたすべての国家の責任が求められるべきでしょう。日本を裁くのなら世界も裁かれるべきであり、こんな一方的な報告書を決して受け入れられるものではありません。

日本は確かに敗戦国であり戦勝国と同じ理屈が通るとは私も考えていません。しかしそれは極東軍事裁判(東京裁判)の判決を日本が受け入れた時点で本来ならすべて終わりです。我々の先人は集団リンチとしか思えないあの裁判の判決を受け入れて従いました。それは未来の日本人に負担を与えない為だったと私は思っています。戦争犯罪は永久に許されないと言うならば、世界中どこに行っても戦争犯罪者がいる国家になってしまいます。だからこそ国際法にはアムネスティ条項があり、戦争裁判で裁かれた犯罪者は条約成立後は犯罪者では無くなる規定がある訳です。

しかし左翼や特亜の諸国はサンフランシスコ講和条約第11条を持ち出し特例により戦争犯罪者の免責は無いと言います。そうであるならこの第11条こそがアメリカの戦争犯罪です。国際法とアメリカ一国との都合など比べるまでもありません。完全に日本の戦争犯罪者は無罪です。どうか皆様も真実を見つめる目を持ってください。世界の中で日本だけが特殊化した目で見られているのは国民が世界の真実を見る目を持っていないからだと私は残念でなりません。

あとがき

安倍首相は「戦後レジームからの脱却」を訴えて政権をスタートさせました。しか私個人的には「戦後レジーム」なるものから完全に脱却するには、もう一度世界を相手に戦争して勝つしか方法は無く、そんな事は到底無理だと思っています。

何をやろうが過去は変えられませんし、日本が敗戦をした過去は何をやっても変わりません。我々が変えられるのは未来であり、すべてのエネルギーはそこにつぎ込むべきです。

「何故日本だけが」と日本国民すべてが考えられる様になれば確実に明るい未来が見えてきます。その議論になれば右派でも左派でも関係が無い訳です。日本の左翼は完全に特殊であり愛国心がありません。こんな事は他の先進国ではまずあり得ません。日本人として生きるという事はこの国家の歴史と文化を尊び、それを守る努力をする事であると私は思っています。勿論文明はどんどん進化していくものであり新しいものを取り入れていく事には私は大賛成です。

しかし勘違いしては駄目なところは文明が進歩するという事と人間が進化するという事は全くの別問題だという事です。石器時代にこん棒で相手を殴り殺していた人類が刀で相手を切り殺すようになり、刀は銃器へと変わってミサイルになった現在でもやっている事に何の違いがあるのでしょうか?   この勘違いに気付かなければ人類はいつか滅んでしまうのでは無いかと私は本気で思っています。

さて、次回のブログについてですが、最初にも触れた様にまたしばらくブログを書ける状態では無くなります。従って「未定」という事でお願いします。いくつか考えている事はありますが、またその時の状況によって変えていきたいと考えています。

勝手ばかり申しますが何卒宜しくお願い致します。